[ガーナ再訪記6]ガーナ到着 ~早速の入国トラブル

2016年10月13日11時35分、EK787便、ガーナの首都アクラのコトカ国際空港着。空港に到着するたびに18年前の悪い記憶が蘇る。もう時効なので告白する。

  1. 協力隊帰路変更時の事件

1999年1月、協力隊の2年2か月の任期を終えガーナを出国してイタリアに向かう。当時の協力隊は通称「帰路変更」が認められていた。任期を終えた協力隊隊員は日本に直帰してもよいし、自腹を切るのであれば一週間位を限度に寄り道しても良かった。私は温泉につかりイタリアンに舌鼓を打ちワインで酔っぱらうことを目的にイタリアローマで三日間滞在してから日本に帰る計画を立てた。

ローマ空港の到着エリアにて、機体預けのスーツケースが出てこない。いわゆるロストバゲージである。経由地のナポリ空港に留まっているとのことで空港に滞在すること約12時間、やっとスーツケースが後発の飛行機により運ばれてきた。疲れ果てていたといこともありホテルに直行。そしてホテルでスーツケースに入れていた協力隊時代の生活費の残り約2,500ドルがなくなっていることに気づく(当時のガーナの協力隊では月に約200ドル強の生活費が支給されていたが、月50ドルもあれば十分に生活はでき、定期的に首都で開催される協力隊隊員の連絡会への交通費や飲食代を差し引いても生活費は余った。)

今思えば貴重品(現金)を機体預けにする方が悪い。ただ当時は本当に焦った。2,500ドルといえば今でも大金だが、休学中の私にとっては大学院復学後の学費である。イタリア滞在中の三日間、ローマ警察署とローマ空港に何度も足を運び、盗難証明書類を集める作業だけをしていた記憶がある。食事はピザスタンドで簡単に済ませ、ワインはスーパーで買ってきた赤ワインをホテルでラッパ飲みしていたことしか覚えていない。当然、温泉などにつかっている精神的な余裕はなかった。帰国後、盗難証明書を持って虎ノ門にあったアリタリア航空に足を運んだが50ドルのビザの商品券で済まされそうになり断って帰った。そのせいで帰国後の生活は大変だった。そんなこんなでイタリアの観光地の写真は残っているが、記憶は全く残っていない。

これは自分が悪い。誰のせいでもない。この事件以来「イタリア」「空港」と聞いても良いイメージがわかない。

<協力隊時代>イタリアローマのどこか

<協力隊時代>イタリアローマのどこか。

img_0159

<協力隊時代>イタリアローマのどこか。観光地を楽しむという精神的余裕ゼロ。

2.コトカ国際空港

イタリアローマでの事件以来、何十回も出入国を繰り返しているにも関わらず国際空港に到着するたびに緊張する。そして今回のコトカ国際空港。ボーディングブリッジではなくバスで空港建屋に移動。最初の関門は、体温・イエローカードチェックである。ここで引っかかった。イエローカードを見た担当者が「ちょっと待て、お前はこれを打っていない」と言い、中国で予防接種を受けた際に記入してもらったページの次のページを指している。

焦った。

確かに黄熱病の予防接種を受けたはずだ。他に入国条件はないはずだ。北京のガーナ大使館の職員にも確認している。でも止められた。入国できずにそのまま中国か日本に戻されるという最悪のシナリオが頭によぎる。或いは近くのビザなしで入国できる国に移動して、そこで求められている予防接種を受けるか、などいろいろと頭をよぎる。こういう状況になってしまうと、慌ててもしかたない。特に権力を持っている担当者に対して議論をしても印象が悪くなるだけだ。

そうこうしているうちに、中国人のグループが私と同じ理由で止められていることに気づいた。英語が話せない彼らは私以上に焦っていた。この状況を打開するには彼らと組むしかない。というよりも彼らが中国語で担当者をまくし立てても私にとって百害あって一利もない。彼らに「别着急(ビエジャオジー、落ち着け)」と制止しながら、担当者の話を整理しながら聞く。言い分は以下の通りだ。

  1. 季節的に黄熱病がはやる時期だ。黄熱病になるとしばらく入院しなければならない。
  2. 中国からくる入国者は一回しか黄熱病の予防接種を受けていない場合がある。
  3. 本来であれば、右腕、左腕、そして口からの予防接種を受けるべきだった。
  4. 空港の医療施設で右腕の予防接種を受けることができる。それさえ受ければ入国はできる。

良かった、入国できそうだ。ただしガーナで予防接種を受けるには30ドル必要とのこと。私の手元にはドルはあったが中国人グループは所持していなかった。担当者に中国元で支払うことはできるか、と聞くと200元でOKとのこと。中国人グループが支払い額の件で揉める前にいち早くその場を過ごさなければならないということで真っ先に予防接種を受けに行く。そして無事最初のエリアを突破!

その後のパスポートコントロールでは全ての手の指先の指紋を取られたが無事通過。中国人グループも「高い!」とブツブツ言いながら出てきた。私を見つけた彼ら、「谢谢您(シェーシェーニン、普通の『谢谢』よりかなり丁寧な表現)」と握手を求めてこられる。お互いに良かった!

機体預けのスーツケースも無事出てきてくれて、最後の通関へ。スーツケースの中のキューブ100個を見た通関職員、最初は怪訝そうな表情であったが、贈答用だと切々と伝え更にその場でキューブをそろえるパフォーマンス。ニヤッと笑って通してくれた。キューブは人と人との距離を縮めてくれるツールと再確認。

この一連の空港内での過程、文書では表現しきれないが、私にとっては大冒険であった。何はともあれ、ガーナに入国だ!

cof

バスを降りて空港建物へ

cof

イエローカード。

cof

北京ではこのページのみの予防接種が受けられる。

cof

コトカ空港で接種した時の記録。

Next→[ガーナ再訪記7]再開 ~やはり彼は親友だ