[アフリカ] サッカー日本代表vs.トーゴ代表戦で協力隊時代を思い出す

今晩、サッカー日本代表がトーゴ代表と国際親善試合を行うとのこと。協力隊の赴任地からガーナ―トーゴの国境が近く、同じEwe語圏ということもあり、何人かのトーゴの友人もいた。

(1) 平成8年当時、協力隊隊員に認められていた任国外旅行。安全を考えてJICA(協力隊の管理団体)はトーゴへの任国外旅行を禁止していた(同じフランス語圏のブルキナファソやマリへの任国外旅行は認められていた)
→ 確かに政治的に混乱はしていたが、ブルキナファソやマリよりも安全だった。外務省の渡航安全レベルが上がらないのは、多分上げようという社会的な積極的な要請がなかったからではないかと考えられる。ただ、ガーナのようにトーゴ沖で石油が出たら、安全レベルも変わると思われる。
→ トーゴに大使館はなく、ガーナを挟んだコートジボアールの大使館がビザの発行などをしていた。今でもそうらしい。なんで、隣のガーナ大使館が代行しないのか意味不明。言葉や旧主国でグルーピング?