[ガーナ再訪記25]協力隊奨学金制度 ~得か損か

現アディドメ高校の生徒たちと話す機会があり、今抱えている一番の問題は何かを聞いてみたところ、幾人かの生徒から「授業料」という回答が返ってきた。この問題は昔も今も変わらないようだ。

協力隊時代、優秀でリーダーシップがあっても、授業料が払えず学校に来れない(実際には退校させられる)生徒がいた。本人にとっても教育の機会が得られないことは損失であるが、周囲の生徒にとっても悪影響を及ぼす。これはガーナに派遣されている教師隊員の共通の課題であった。

そんな中、日本での教員の経験が豊富なM隊員が「協力隊奨学金制度を始めよう」と協力隊隊員連絡会でご提案され規則や原資の管理方法などの整備を行われた。M隊員が帰国された後は私が引き継ぎ、規則の再整理や機関誌の発行などを行った。

以下は私が作成した奨学金制度機関誌第一号である。手書きの上に私の字が汚いので読みづらい。ただし、アンケート結果を載せたり、奨学生の情報を整理して一覧にしたり、他の協力隊の助けを借りてマンガを載せたりと、当時の私なりに「最高の仕事をしよう」という意気込みがあったのではないかと思う。(PDF

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<協力隊時代>奨学金授与セレモニー。この年、アディドメ高校では二名の奨学生に対して授業料のサポートをした

奨学金制度の運営の他に、他の協力隊隊員と協力して数学や理科の問題集の作成も行っていた。文書の校正や印刷会社の手配などを行っていた。

協力隊隊員に業務の評価制度もなければ、何か付加価値のあることをしても生活費が多く支払われるわけでもない。当然教師隊員であってもこれらの活動に全く関与しない者も沢山いた。二年間の任期を終えれば、何をやったかとは関係なく「協力隊隊員任期満了」という証は同じである。当時の私には打算や損得勘定という感覚はなかった。

一方で現在、私は賢くなった。他人との境界線を常に確認しながら、「損か得か」の判断は一瞬でできるし正解率も悪くない。メンドクサそうな話に対しての嗅覚は冴えわたり、自己防衛のための「賢いふり」「分からないふり」「分かったふり」は切り替えられるようになった。

協力隊時代と現在、どちらが幸せなのかは分からない。

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