[ガーナ再訪記47]Africa-Japan.com(5) ~熱狂のドットコムバブル

90年代後半、米国のシリコンバレーにならって渋谷でネットビジネスを盛り上げようという一連の動き、我々はビットバレー(BitValley)と呼んでいた。この流れの中で、今や大企業までに成長したDeNA社やサイバーエージェント社がある。堀江貴文氏もこの時期に起業された。そこまで行かなくとも、その後も事業内容を変えながら、東証一部に上場した知り合いも少なくない。

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社会人のみならず、学生や主婦、一線を引退した年金生活者まで、インターネットビジネスの可能性に熱狂していた。

当時の私はその熱狂の中にいた。

大阪に住んでいた関係で、ビットバレー(BitValley)の地方組織ベタバレー(BetaValley)(大阪は「ベタな組織やで~」という意味)に主に参加させていただいていた。

当時のベタバレーの会合(飲み会)、起業家、投資家、企業の企画部門の担当者、マスコミでごった返していた。私は毎回、50枚位の名刺を用意して参加していたが、全て使い果たしていた。

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ベタバレーの集まり(飲み会)は難波周辺が多かった

ちなみに当時の参加者の多くは、スマホの原型であるPDA(Personal Digital Assistant)を所有していた。OSはWindows CEやPalmOS。「これが社会インフラになれば凄いことになる」と皆で話していた。それが実現するのは、8年後(2007年)の初代iPhoneが登場するまで待たなければならなかった。

また当時の投資家(エンジェルとかインキュベーターとか呼ばれていた)の営業攻勢も凄かった。「○さんのアタッシュケースには○千万入っている」とか「金額が入っていない小切手をもらったことがある」とか「○○さんに頼めば芸能人の〇〇に会わせてくれる」とか嘘か本当か分からない噂もチラホラ。

残念ながら私のビジネスモデルは投資家たちのウケが悪かったのか、殆ど良い思いをしなかった。

90年代後半のドットコムバブル、インターネットという未知の力を信じた人たち、先行者利益を必死に確保しようとする実業家、それに乗っかろうと投資家たちによる異常な世界であった。

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