[ガーナ再訪記20]恩師との再会 ~思い出したアドバイス

「良かったことも悪かったことも、アディドメでの経験を日本の家族や友人にたくさん話しなさい。そしていつか帰ってきなさい。」

二年間の協力隊の活動を終え、最後にM元校長に挨拶行った時に言われたアドバイスだ。

このアドバイスを受けて帰国後にアディドメでの話を沢山したかと言えば、そうではない。二年間、いろいろな事がありすぎて一言ではまとめられない。良かったことと悪かったことを足して二で割って表現できるほど私は器用ではない。

そして何より特殊な事情がない限り日本人は他人の海外での経験談に関心はない。自分が聞く立場だったら他人の得体の知れない武勇伝(自慢話?)を聞かされることほど苦痛なことはない。

楽しかった旅行話は聞きたくない。でも失敗話は何度でも聞かせてくれ。録音機にとって部屋のBGMとして再生してやってもいい。

大学の学友が言っていた言葉だ。

しかしどんなに失敗談を並べたところでヤッカミを完全に封印することはできない。そんなことを考え始めると、次第に協力隊での経験を話す機会は無くなっていった。

だから協力隊を終わった後に知り合った友人の多くは私が協力隊隊員だったということは知らない。それよりも「学生の間に海外に行って三年ダブった奴」という印象が強いようだ(実際には協力隊参加のために三年間休学した)。

すなわち私が協力隊参加のために三年ダブって得た経験は、他者との関係だけで言うとゼロに等しい。

それを見越してM元校長は「たくさん話せ」とアドバイスしてくれていたのかもしれない。このアドバイスを活かすことはできなかった。

ただしもう一つのアドバイス「アディドメに帰る」は今回達成できた。

協力隊時代の私は社会人経験のない二十代前半の外国人。どう考えたってM元校長の目から見れば単なる若造。しかも赴任当初は言葉(英語)もロクに話せない。そういう私を温かく迎えてくれ、かつ沢山の機会やアドバイスをくれた。私の人生の中で恩師と呼べるひとは少ないが、M元校長は間違いなく、その恩師の一人だ。

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<協力隊時代>M元校長先生と。

二日目、アディドメ高校を訪問した際、M元校長とA元副校長がアディドメ高校にわざわざ挨拶に来てくれた。既に引退して七年位経つとのことであるが、まだまだお二方ともご健在だ。

今でも変わらないハリのある声と鋭い視線、協力隊時代に感じていた気が引き締まる感覚を思い出した。

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<現在>M元校長先生、私、A元副校長先生、E氏

[ガーナ再訪記21]先生方への挨拶 ~即席キューブ教室が始まる